『ゴルギアス』における善と快の関係について

1.序論

 本稿は、『ゴルギアス』を主なテキストとしながら、プラトンへの理解を深めることを最終的な目標として作成されたレポートである。本稿の目的は、『ゴルギアス』における善と快の関係性を明らかにし、どのような人間が最もよい存在なのかを考察することである。したがって本論においては、作品内におけるソクラテスの主張について順を追って説明し、それらを対比することで善と快の関係性を明らかにしてから、その対比を元に、最もよい人間像の具体的な内容を説明していく流れを取る。

 

2.本論

 まずは、ポロスとの対話の中におけるソクラテスの主張を確認する。ここにおけるソクラテスの主張は、不正を行なうこと、すなわち善にまつわる事柄は、快楽などの他のあらゆる価値に対して優越するということであり、よくあるかどうかを吟味することだけが重要であるとされる[1]

 また、同じくポロスとの対話において、ソクラテスは不正を行なう者の悪さの度合いについて述べている。その話によると、最大の悪とは不正かつ苦痛であることではなく、不正な仕方で快楽を得ることである(同上479D~E)。むしろ、不正をしていた人物の罪が明らかになることによって、裁判で裁かれ苦痛を味わうことは、むしろその最大の悪からは一段階解放されており、より悪くないという。

 そして、カリクレスとの対話に移ると、ソクラテスの主張はさらに判明になっていく。ポロスとの対話においては、善はあらゆる価値に対して優越するということであったが、カリクレスとの対話においては、善が他の価値をどのように定めるか、という話題が中心となる。カリクレスは、快楽が何にもまして優先されるということを終始主張するので、ソクラテスは、快楽の中にもよいものと悪いものがあることや、善と快の両方の益を持つための方法を説明するなどして、カリクレスの主張に沿わせた反論をする[2]。ここから分かることは、善のためになる快楽も存在するということである。ただ善ければそれで全てよしというわけではなく、善と快の両方を備えた状態こそが最もよい状態なのであり、ポロスとの対話で示していたような「苦痛を被る善人」はその一つ下になるというわけである。

 以上の点を整理して考えると、最もよい存在としては、善と快の両方を備えたもの、すなわち「快い善人」が当てはまるのであり、二番目には善くあるが苦痛を被っているもの、「苦痛を被る善人」が、三番目には不正が暴かれたがゆえに苦痛を被っているもの、「苦痛を被る悪人」が、もっとも下の四番目には、不正を行なうことで快楽を得ているもの、「快い悪人」が当てはまることになる[3]

 作品内におけるソクラテスの発言は、主に快楽を重視する者たちに対する反論が多かったので、その意見の多くは、善が快楽に反する場合、つまり上から二番目のよさに類するものが多いと思われる。ではこの、最もよいとされる存在、善と快の両方を備えた存在には、具体的にどのようなものが当てはまるのだろうか。それを述べるためには、ソクラテスがカリクレスと支配者について対話している箇所が参考になると思われる。こちらは引用を引く。

それでは、不正を受けることは全くないか、あるいは受けたとしても、それを最小限に食い止めるための備えとなる技術とは、いったい、どういうものなのだろうか。……自分自身が一国の支配者となるか、あるいは、独裁者にさえなるか、もしくは、現に存在している政体に味方する者となるか、そのどれかになるのでなければならないと思われるのだ(同上510A)。

 このソクラテスの発言は、先ほども示した、善と快の両方の益を受けるための方法を議論している際に出されたもので、つまりはこの、「自分自身が一国の支配者となる」ことこそが、両方を得るために必要だということを示唆している。一つ気を付けなくてはならないのは、支配者という存在は、苦痛からは最も遠い位置にあるかもしれないが、代わりに不正とは最も近い位置にあるということである。ポロスとの対話においても、快い悪人の例とされたのは、放蕩の限りを尽くす支配者の存在であった(同上470D~471D)。これは先ほどの対比で示した順位において最下位のものである。しかし、見方を変えれば、不正を起こさぬように、最善を目指すように統治する支配者がいるとすれば、それは善と快の両方を持つ存在になるということであり、これは先ほどの対比において一位のものである。

 また、この後の対話の展開においてソクラテスは、人々は不正を受けぬように支配者に似た性格になるということ、そして、真の政治術は人々を最善の方向へ導くということを主張する(同上510A~E, 513C~E)。ここから言えることは、一国の支配者が快い善人であった場合、その善を目指す姿勢は国民全体に広がり、皆がそのよさを分け知るようになるということである。この支配者の姿勢は、後に『国家』の中で語られる、「哲人王」思想の前段階と見ることが出来る[4]。以上が、快い善人の具体的な内容を示す説明である。

 

3.結論

 本論ではこれまで、『ゴルギアス』における快と善の関係性と、そこから明らかになる最もよい人間像の内容についての議論をしてきた。概説すると、最初はポロスとの対話におけるソクラテスの主張を確認し、善は快より優先されることと、快い悪人よりも苦痛を被る悪人の方がよいことの二点を説明した。その次は、カリクレスとの対話部分を確認し、善がそれのみでよいのではなく、同時に快に与ることも考慮されることを説明した。そして、上記の説明により、最高から最低まで全部で4段階の人間像の対比を示した。それからは、議論を快い善人の具体的な内容へと進め、不正を受けないためには一国の支配者になる必要があることと、人々に支配者の性質が伝播していくことを確認し、そういった支配者こそが快い善人であることを説明した。また、それは後の哲人王思想とも重なるものであり、その萌芽と言えるものだということを説明した。

 今回の議論により明らかとなった4つの人間像は、確かに納得いくものであったが、筆者の直観としてはむしろ、苦痛を被る善人の方がよい存在のように思われる[5]。また、『国家』の中でも、哲人王は政治に携わりたくない哲人が、法律によって無理に就くものとして登場する。哲人王ですら、先の順位において二位にしかならないかもしれないのだ。そう考えると、快い善人とは一体何なのかという問題になってくる。この問題については、また別の機会を設けて考えてみたいと思う。

 

参考文献

プラトンゴルギアス』 加来彰俊訳、岩波文庫、1967年。

—— 『国家』(上巻) 藤沢令夫訳、岩波文庫、1979年。

 

計3040文字(表題部除く)

 

[1]ゴルギアス』469C。「もし、不正を行なうか、それとも不正を受けるか、そのどちらかがやむをえないとすれば、不正を行うよりも、むしろ不正を受けることを選びたいね」

[2] 同上499C~D, 509D~E。「人は何を身に備えたなら、……不正を行なわないことから生ずる益と、不正を受けないことから生ずる益と、その両方ともを持つことになるのだろうか」

[3]  図-1 人間像の対比図

1.快い善人    

2.苦痛を被る善人 

3.苦痛を被る悪人 

4.快い悪人    

[4]『国家』Ⅴ.471C~474C。哲人王思想が理想論か現実論であるかどうかは、議論が尽きぬ点である。今回用いた『ゴルギアス』において、ソクラテスは最後に死後の世界の説明を行うことで、善が何においても優先されるという持論の補強をしている(523A)。ここから言えることは、現世において快い善人が現れることは、ほぼあり得ないのではないかということである。快い善人はもはや天上の存在であり、地上においての正しき法は、その正しさのあまり、快に与れない形でしか表出できないのではないかと筆者は推測する。

[5] 例えば、完全な統治を成し、自らも快くいられる支配者より、人の痛みを知っている善人の方がよいように思われるということである。

シモーヌ・ヴェイユにおける「女性的なもの」をめぐって ―力と愛の領域における女性の表象を捉える

〈序論〉

 本稿は、フランスの思想家、シモーヌ・ヴェイユの思想における「女性的なもの」を探るために作成されたレポートである。したがって本論では、彼女が取り上げる女性の表象を追い、そこにどんな関連性があるのかを検討する。流れとしてはまず、ヴェイユの思想における二つの側面、力の思想と愛の思想について説明し、一般的には矛盾するとされる二つの領域が、彼女の思想においては両者とも必要となることを明らかにする。次に、力の領域、愛の領域における女性・男性の表象の具体例をそれぞれ取り上げる。また、愛の領域におけるヴェイユの性の取り上げ方が、異性愛の表現に偏っていることを指摘する。結論としては、ヴェイユが取り上げる女性の表象は、力の領域においては無力かもしれないが、それゆえに愛の領域へと至ることができるという、彼女の思想の重要な部分を占めていることを説明する。

 今回のレポートでは、ヴェイユの信仰や宗教の領域を代表する語を一つに定めることができなかったため、便宜的に「愛」という語を用いた。愛という言葉は、非常に広い意味を持つ言葉であり、注意が必要である。ここにおいての愛とは、神を愛そうとする愛、もしくは神による我々への普遍的な愛の双方のことを指す。この愛は、何かを望むことをしない。神による恩寵は、報われなくとも愛し続けることができる者にのみ与えられる。一般的に用いられる愛とは、意味が異なることに留意してもらいたい(第3章で触れる友愛や同性愛については、この限りではない)。

 

〈本論〉

1.二つの領域、力と愛について

 前述したように、ヴェイユの思想には主に二つの側面が見られる。一方は政治や社会の領域、力の思想であり、もう一方は、神や宗教の領域、愛の思想である。

 ヴェイユによると、力はもっぱら悪にしかならない。力の犠牲となった者も、自分が力を持った途端に力を振るい、悪を繰り返す。力は人々を容赦なく傷つけ、束ね合わせ、従わせる。集団として束ねられた大衆の信念は、飼い主たる人々がコントロールできないほどの「巨獣」[1]となる。人々は次第に、自分で考えることをやめ、自らの所属する集団の意見に追従するだけとなる。自らが正義たらんとする集団も、簡単に悪になりうるとすれば、本来の正義(善)は、どこに依拠すればよいのか。

 ここにヴェイユの思想のもう一つの側面、比較を絶する形而上の善、すなわち神に対する霊的な領域に足を踏み入れる必要が出てくる。彼女自身の言葉ではこう語る。

超越的なもの、超本性的なもの、真に霊的なものの領域に入りこんではじめて、人間は社会的なものを凌駕できる。それまでは事実上、どうあがいても社会的なものは人間にとって超越的でありつづける。(『重力と恩寵』36-6)

 神を愛すること、それは時に、現実を放棄した諦観の念として受け取られることもあるが、ヴェイユの神に対する姿勢は、あくまで社会の中で求められるものである。彼女にとって、社会的な活動は、自身と神を繋ぐ仲介としての作用を持つ。労働や献身を介して、恩寵を受け取るのだ。この行為は、社会は改善すべき対象であるが、救いを求めるべき対象ではないことを意味する。社会に救いを求める者は巨獣に飲み込まれる。救いは神に求めなくてはならない。

 彼女の著作のうち、最も有名な『重力と恩寵』は、力と愛の二つを象徴するタイトルとなっている。重力とは、物理法則に従わせるかのように機械的に作用する、この世に生きている限り逃れることのできない苦しみを指す。力を持つ者と持たない者が、互いの生存をかけて傷つけあうことしかできない世界には、重力しか存在しない。一方で恩寵は、重力によって苦しめられた者が賜りうる、神による絶対的な愛を指す。『重力と恩寵』はヴェイユ本人が付けたものではなく、友人のティボンが、彼女から託されたノートを編纂し付けたものである。彼女の思想に見られる二つの側面を、おそらくティボンも感じていたのだろうと推測される。

 以降の項では、この力と愛のそれぞれの領域における性の表象について、分析していきたいと思う。

 

2.力の境域における女性・男性の表象

 ヴェイユは、普遍の真理は時代と場所を問わず、また宗教や民族も問わず、あらゆる場所から見出されると信じていた。そのため彼女は、文学や演劇から始まり、世界各地の民話や神話、童話などの民間伝承に至るまで、さまざまな物語を持ち出し、その登場人物や道具を隠喩として解釈することで、それを神と人間の関係に当てはめようと試みた。

 この項では、ヴェイユが解釈したテキストに見られる、力の領域における男性・女性の表象について説明する。彼女が残した著作のうち『重力と恩寵』と、古代ギリシャに関する断章をまとめた『ギリシアの泉』から、『イリアス』、『エレクトラ』、『アンティゴネー』、およびジャンヌ・ダルクへの解釈を取り上げたい。

 

・『イリアス』における男性の表象

 『イリアス』において、男たちは殺し合う。どちらかが滅びるまで。戦から帰ったヘクトールに対して、妻は風呂を勧めるが、彼はそれを断る。その後、彼は再び戦場に出ようとするが、勝ち目のない戦いに行かないでほしいと妻に懇願される。ヘクトールはこう返す。

さあ、そなたは家に帰り、機を織るなり糸を紡ぐなり、自分の仕事に精を出し、女中たちには各自仕事にかかるように言い付けるのだ。戦さは男の仕事、このイリオスに生を享けた男たち皆に、とりわけてわたしにそれは任せておけばよい。(『イリアス』6. 490-3)

 風呂も機織りも、本来なら生活に欠かせないものだ。しかし、争いの場においては顧みられることがない。生きるか死ぬかの瀬戸際なのだから。力は、人の魂を生きながらにして死んだモノへと変えてしまう。『ギリシアの泉』に収録されている『「イリアス」、あるいは力の詩編』というヴェイユの論文においては、上記の場面も含め、『イリアス』のなかの凄惨な場面を分析し、人々が感情や魂の躍動を失っていくさまを克明に描いている。彼らの惨たらしいまでの争いは、魂を押しつぶし、生命を物象化してしまう力の恐ろしさを今に伝えている。

 

・『エレクトラ』における女性の表象

 男たちが殺し合う一方で、女たちはその力に翻弄される無力な存在であった。しかし一方で、男たちが戦争に出たことで、一部の女は、その隙に街に残った男と姦通し、力をわが物にした。ミュケーナイの王族の元に生まれたエレクトラは、そうした計略によって父を母に殺されるという、力の奔流に飲まれた一人であった。彼女は王位を簒奪した母とその愛人から、極めて凄惨な扱いを受けた。しかし彼女は、無力でありながらもそうした迫害を必死で耐え抜き、正しくあろうとし続けた。

 最終的にエレクトラは、一縷の望みであった弟オレステスとの運命的な再会をし、母たちへの復讐を果たす[2]。この結末は、復讐を果たすという点では力の表象であるかもしれない。しかし、ヴェイユの解釈においては、このオレステスはキリスト、つまり神の比喩だとされており、隠された神秘と人間の魂の関係として扱われている。この点については後述する。

 

・『アンティゴネー』における女性の表象

 エレクトラが無力でありながらも、力による馴致を耐え抜く勇気を見せたように、『アンティゴネー』もまた、自分の信念を貫いた女性の物語である。テーベの王族の元に生まれたアンティゴネーは、兄弟たちの王位をめぐる争いに翻弄される。兄弟は互いに刺し違えて死に、叔父が代わって王になる。叔父は、国家に反逆した罪として、一方の兄弟の遺体を野に晒す。アンティゴネーは兄弟への愛ゆえに、この屈辱的な扱いを受け入れられない。彼女は遺体に触れてはならないという禁令を破り、兄弟を埋葬しようとする。結局彼女は捕えられ、生き埋めの刑にされる。アンティゴネーは最後まで自分のしたことを正しいと信じていた。「私は憎しみを分かつためではなく、愛を分かつために生まれたのです」(『アンティゴネー』523)と言い切った彼女の愛は、ある意味愚かでさえあった。

 彼女の表象は、無慈悲な力の翻弄を前にして、それとどう向き合うかという悲劇の女性の表象に留まらない。彼女の身に降り注ぐ不幸は、その分だけ神との隔たりを示す。愛を信じたまま死んだ彼女は、後述する神への愛の体現者でもあった。二つの領域は、常に重なっているのである。

 

ジャンヌ・ダルクという女性の表象

 人間が力に飲み込まれるのは、生きている間に留まらない。巨獣は、死者さえも食らい尽くす。一度は魔女として断罪された果てに、再びフランスの国民的英雄となったジャンヌ・ダルク。彼女の表象には、複数の「読み」[3]が重なっている。

 彼女の表象は、反ユダヤ主義の機運が高まったときには純潔のガリア人として、カトリックにおいては殉教者として、王党派にとっては王を戴冠させた英雄として、民衆にとっては平民出身の英雄、また貧者の慰め手としてなど、あまりに多くの人々によって、都合よく解釈されてきた。もちろん現代では、フェミニズムの象徴にもなっている。前述したように、ヴェイユにとって社会的な集団は巨獣である。ジャンヌは、それらの巨獣を束ねる接点とされているのだ。巨獣の数と大きさに埋もれて、彼女の本来の行動や信条は、もはや読みよることができそうにない。

 ヴェイユはジャンヌのことを(これは彼女の「読み」ではあるが)、武力に依らぬ抵抗の象徴として捉えていた(『重力と恩寵』29-4)。彼女にとってのジャンヌとは、力に翻弄されながらも、それを拒む、まるで嵐の目のような静謐さのなかで祈り続ける存在として描かれていたのかもしれない。

 

3.愛の領域における女性の表象

 では、愛の領域においては、性はどのように表象されていたのだろうか。ヴェイユはしばしば、男女が苦難の果てに結ばれる物語を取り出し、それが「神と人間の懸隔」[4]を示すものだという解釈を残している。前述したように、この地上に善は存在しない。神と人間の間には、無限にも等しい隔たりがある。しかし、地上に誇るべき善が存在しないとして、それでも神を愛し続けることができるのならば、その愛は無限の懸隔を超えうるものとなる。そして、神はつねに私たちを愛しているのだから、この愛は双方的なものである。『ノロウェイの黒牛』[5]は、そうした神と人間の懸隔の比喩を秘めているとヴェイユが解釈した物語の一つである。物語の要約を以下に示す。

 ある国の美しい王女が、ひょんなことから牡牛と結婚し旅に出る。牡牛は夜の間だけ人間の姿に戻るが、暗闇の中でその姿を見ることはできない。王女は人間に戻った姿を一目見たいと思い、牡牛が寝ている隙にその毛皮を燃やしてしまう。王女は一瞬だけ、美しい青年の相貌を捉えるが、その人は彼女の目の前で消えてしまう。彼女は彼を探すことを決意する。長旅の末、彼女は彼がノロウェイの王子であることを突き止め、ノロウェイ公の城に女中として入る。彼女は王子を探すためにあらゆる装飾品も身分を失っていたのだ。一方で王子は、意に沿わぬ婚約者によって婚姻の日まで眠らされており、王女が呼びかけても起きることはなかった。王女は絶望しかけるが、それでも彼に呼びかけ続ける。最後の最後で王子は目覚め、王女のことを思い出す。二人は婚約者に化けていたトロルを追い払い、晴れて結ばれる。

 この物語において王女は神の表象であり、牡牛は人間の表象である。王女(神)は美[6]という誘惑によって牡牛を導き、彼を肉のまどろみから目覚めさせる。一方で牡牛は、獣性が混ざった人間であり、神の企みによって肉という隔てなしに神と出会いかける。肉なしで神と出会うことは死を意味する。肉体は死を恐れ、そこから逃げ出す。

 王子が消えた後、王女は自らの持ち物を犠牲にしてまで彼を探し、卑しい身分に身をやつした末に彼と再会する。これは、神が外観の輝きを失った姿、つまり神という普遍の真理(善)が、それがもたらす恩恵や評判を失った姿で現れるということを意味する[7]。神は人間が善の内実を求められるかどうかを試すのだ。ここで人間が愛を捨てずに善を信じ切れるのならば、善は本当の姿を我々に見せる。物質を凌駕する愛は、超越的な結合を引き起こすのだ。

 ヴェイユはこのおとぎ話以外にも、いくつかの物語や神話において、男女が結ばれる話を神と人間の懸隔として例示している。その解釈において、神や人間はどちらの性別に対しても割り当てられており、それほど性との間に関連性があるようには見えない。ヴェイユにとって、神に「父」という形而下の性質は関わりがないようである。

 

・物語の解釈における偏りについて

 筆者が気になるのはむしろ、ヴェイユによる物語の解釈の題材が、自分の知る限り、ほぼ異性間の関係に基づくものだということである。ヴェイユは情欲に基づく愛を堕落したものとし、プラトニックな愛を正当だと考えていた。もちろん、民間伝承は昔から語り継がれてきたものであり、同性愛などを正面から描きにくかったという節はあるだろう。しかし、精神的な愛に性別は全く関係ないのだから、彼女が同性愛に基づく愛の表象を全く取り上げなかったことは、多少不思議なことに思われる。また、ヴェイユは同性愛に対して、それを極端に悪いものだとする記述を『重力と恩寵』に残している。以下は引用である。

 ヨーロッパ以外の諸文明。瑕疵の存在じたい、それらが依拠する宗教の不完全さの証拠であるとされる。ところで、ヨーロッパにおける過去二十世紀の歴史を振り返ると、他の文明に負けず劣らずの瑕疵が容易に見つかる。アメリカ大陸を虐殺により、アフリカ大陸を奴隷制により荒廃させ、南仏を度重なる殺戮によって蹂躙した。これらはギリシアの同性愛の風習、ギリシアやインドの乱痴気騒ぎの祭儀に文句なく匹敵する。(『重力と恩寵』30-1)                                                                                        

 この引用はヨーロッパ文明が陥る自己正当化を指摘したものであり、そのなかで同性愛は、虐殺に匹敵する瑕疵だと説明されている。彼女はなぜ、同性愛という言葉をこのように扱ったのだろうか。

 他の言及に目を向けてみると、彼女は同性愛のことを「不可能な愛」と呼んでおり、中世の宮廷風恋愛(ミンネ)と重ねている(同上p.395)。このミンネとは、騎士と貴婦人が結ぶ、精神的な愛の文化のことである。ヴェイユが同性愛とミンネのどちらのことも不可能な愛と呼んでいたならば、この不可能とは、単に否定的な意味ではなく、現実の位相において不可能な愛、すなわち精神的な領域で結びつく愛を示しているように思われる。そう考えると、彼女によるいくつかの同性愛に対する不当な言及は、いずれも「情欲的な」という意味が暗に込められていたと考える方が自然である。読者に勘違いをされることがないように、より詳しい補注を加えた方がよいと思われる[8]

 

〈結論〉

 本論ではこれまで、ヴェイユの思想における女性の表象について分析してきた。結論としては、ヴェイユの取り上げる女性たちは、現実的には無力だが、その不幸の隔たりを持ってして愛の領域へと至る存在だということが明らかとなった。

 ヴェイユにとって、性は本質的な問題ではなかったかもしれない。彼女にとって重要だったのは、あくまでも力に支配されるか、それとも神を愛せるかの二つであったことは、まず間違いない。しかし彼女の思想は、多くの勇気ある女性の表象によって支えられており、決してそれなしでは成立しえないものである。また、彼女の愛に対する考えは、エレーヌ・シクスーの言う〈女性性〉に似た部分を思わせる。そして『イリアス』で見たように、力はかつて男性のものだった。これからの社会を考えるにあたって、私たちはこれまでの〈男性〉的な力ではなく、〈女性〉的な愛を持って、善の根拠を捉える必要があるだろう。

 

〈参考文献〉

プラトン 『国家』 上下巻、藤沢令夫訳、岩波文庫、2008年。

ホメロスイリアス』下巻、松平千秋訳、岩波文庫、1992年。

ソフォクレスアンティゴネー』中務哲郎訳、岩波文庫、2014年。

シモーヌ・ヴェイユ重力と恩寵』冨原眞弓訳、岩波文庫、2017年。

―『ギリシアの泉』冨原眞弓訳、みすず書房、1998年。

・冨原眞弓『ヴェーユ』、清水書院、2015年。

栗田隆子シモーヌ・ヴェイユにおける『社会的なるもの』と『隣人愛』をモチーフに女性の『声』について考える」、『臨床哲学』、19巻、2018年、pp.128-145。

 

計7805字

 

[1] 「巨獣」とはプラトンの『国家』第6巻にて語られる、大衆が体現する社会のことを指す。自身も構成要素の一つである社会から被る影響は無自覚に入り込み、意識にのぼることがない。社会を疑おうにも自己欺瞞がはたらき、疑念はすぐに隠蔽されてしまう。この無意識の共犯関係が、巨獣への抵抗を難しくさせる。これについて、栗田(2018)は、現代のフェミニズムもまた巨獣になりうると指摘している。その論文では、フェミニズムに必要なのはただ団結することではなく、一人一人の声に耳を傾けること、「注意力(この語はヴェイユの思想の核を成す重要な用語である)」の必要性を語っている。こうしたアプローチについても、別の場を設けて考えてみたい。

[2] オレステスは当初、母たちを誤魔化すために自らの死を偽装する。彼が送った嘘の骨壺を受け取ったエレクトラは、父の墓前で絶望し泣き出す。しかしそこにたまたまオレステスが訪れ、言葉を交わしているうちに二人は再会したことに気づく。

[3] ヴェイユが独特の含意を込めたこの「読み」は、人それぞれの解釈や価値判断のことであり、他者を理解することの難しさや、自分の信念の正しさへの懐疑を示す際に用いられる。読みは正しいこともあれば、誤ることもある。正しく読みとるには、「注意力」が必要である。そしてまた、読みは強い動機を与える。読みを分かり合うことは難しいが、一方で強い他者の主張に服従させられることもある。誤った読みが広がれば、それは大きな悪を生む。ジャンヌ・ダルクは、この読みの多さによって正しく読みとることが難しくなってしまっていると言えよう。

[4] エレクトラオレステスの再会もまた、そうした神と人間の関係としてヴェイユは捉えている。「死せるオレステスを悼んで泣くエレクトラ。われわれが神は実存しないと考え、なおかつ神を愛するなら、神はその実存を表すだろう」(『重力と恩寵』4-17)

[5]ノロウェイの黒牛』は、『太陽の東 月の西』や『鷹フィニストの羽根』など、類型が多く見られる話である。これらの原型には、『黄金の驢馬』に出てくる「クピードーとプシューケー」の神話が関係していると推測される。作者のアプレイウスは哲学者としても活躍した人物であり、彼自身の哲学的意図とヴェイユの解釈の相違点や関連性を探ることも、ヴェイユの思想の可能性を広げうる一つの方法になると思われる。

[6] ヴェイユは美を、現世における神の臨在だと捉えていた。彼女によると美とは、それがそれのままであり続けることを私が望むもの、「なぜ」という念を忘れるほどの印象を与えるもの、必然性と完全性を有するものを指す。また、美は神が用意した人間への罠であり、人間を誘惑して捕える(神への従順)と解する。例として、ヴェイユはハデスがペルセポネを妻にする神話を解釈し、彼女を誘惑する際に用いた水仙と、デメテルの元に返す際に渡した柘榴の実に、美の性質を見出している(『重力と恩寵』p.341)。

[7]この善の外面ではなく内実を求める義人の話は、プラトンの『国家』第2巻に詳しい。

[8] 別の考え方としては、情欲がないならば、それは友情、もしくは友愛に属するものだとヴェイユが捉えていたという道がある。『重力と恩寵』第14章「愛」において、友情という言葉は、愛に匹敵するものとして用いられている。ヴェイユが同性愛という語を用いた時点で、それは性愛を意味するものだったということは、想像に難くない。

現代のトルコが抱える問題とは何か ―クルド人の都市流入とゲジェコンドゥの変容について

〈序論〉

 本稿の問いは、多文化な風土を持つトルコにおいて、どんな問題が起きているのかを考察することである。そのために、トルコの歴史、民族、地理などに視点を当て、そこから見出される問題を分析し、解決策を模索する流れを取る。

 本論においてはまず、トルコの歴史を簡潔に説明する。次いで、トルコの特徴について述べ、世俗化が進んでいることに焦点を当てる。それからは、議論を問題の分析へと進め、クルド人が迫害されていることや、違法建築が問題になっていることについて説明する。そして最終的に、どのような解決策が模索されているかを説明し、そこに市民の自発的な行動が必要だとする筆者の主張を加える。

 

〈本論〉

1.トルコの歴史について

 まずは、問題を見るにあたって、トルコの歴史の概観について述べておく必要がある。

 トルコ共和国は、アナトリア半島に位置する共和制の国家である。この国家は、その前身であるオスマン帝国からスルタン制を廃位する形で成立した。当時、オスマン帝国は衰退が進み、各地の民族による独立とヨーロッパ列強による圧力の両方の危機にさらされていた。ここに、第一次世界大戦の敗戦による帝国の解体が決定すると、その危機感は一層強くなり、国民たちはムスタファ・ケマルを中心とした議会を制定し、帝国に対して革命を起こす結果となった。ヨーロッパ列強は、その新しい共和制の国家を認め、トルコは晴れて崩壊の危機を免れたのであった。

 

2.トルコの特徴について

 こうして成立したトルコには、上記の経緯に基づくものも含め、いくつかの特徴がある。

 一つ目の特徴は、長い歴史に由来する複数の文化が折り重なる地域だということである。アナトリア半島は、ヨーロッパとアジアを繋ぐ地理的に重要な地域であり、東西の交易(シルクロード)の中継地点であったため、様々な文化が交差する場所となった。これが、現在のトルコにまで影響を与え、東西双方の文化的特徴を持つ、独特の文化を持つに至った背景である。

 二つ目は、革命の歴史によって打ち立てられたトルコは、政教分離政策を推進し、世俗化が進んでいるという点である。トルコの初代大統領であるムスタファ・ケマルは、トルコ語とは来歴が異なるアラビア文字ではなく、ラテン文字で言葉を表記できるように環境を整え、さらに女性参政権の付与、太陽暦の採用など、さまざまな近代化政策を推し進めた。これによりトルコは、イスラム教文化圏のなかでも宗教性の弱い地域となっている。

 なお、これらの政策にはもう一つの側面がある。それは、共同体の共通点が宗教ではなく、別の紐帯、すなわち民族によって繋がっているという点である。本来、トルコ人はアジア出身の遊牧民族であり、アナトリア半島まで移動してきたあとに土着化したという経緯がある。そのため、トルコ共和国という国名は、「多くの民族を束ねながらトルコ人が作った国」だという自負心を国民に与えている。

 三つ目は、二つ目のこととも関わるが、列強による恣意的な領土の決定により、複数の民族が「トルコ」の名の下で暮らしているという点である。なかでも特にクルド人は、トルコからの独立を求めており、政府ともたびたび対立を引き起こしている。

 

3.トルコの抱える問題について

 前項では、トルコの歴史からその特徴を説明した。本項では、それらの特徴から見出される問題を分析することで、それぞれの問題の間に関連性が見受けられることを検討したい。

 まず、先ほども挙げたクルド人との対立問題についてである。クルド人は、1970年代にクルディスタン労働者党を作り、トルコからの独立を求めて活動を始めた。それに対しトルコ政府は、彼らをテロ組織だと断定し、彼らの影響が及ぶ地域の住民たち(主に一般のクルド人市民)を武装させるという手段に出た。1980年代に入って、クルディスタン労働者党とトルコ軍の間の戦闘が激化するなかで、一般市民はそこから避難せざるを得なくなり、その大半が都市に流入していった。しかしこの住民の移動が、さらなる問題の引き金となる。

 そもそも都市部では、1960年代から、ゲジェコンドゥ(トルコ語で「夜に建てたもの」という意味。違法建築のことを指す)の発生が深刻化しており、1980年代に入って、政府によりその違法な土地利用を容認されていったという経緯がある。ゲジェコンドゥの居住者は、それにより土地の商業的利用、家屋の賃貸を始めた。その状況下において流入したクルド人市民たちは、旧居住者が賃貸している劣悪な環境のゲジェコンドゥに住むほかなく、より貧困に苦しむことになった。さらに彼らは、トルコ人からの差別による迫害も受けるようになり、その窮状は筆舌に尽くしがたいものとなった。以上が、一連のクルド人問題についての説明である。

 また、都市部に現れたゲジェコンドゥ自体も問題を多く有している。例えば、違法建築であるそれらは丈夫な作りをしておらず、災害が起きたときに甚大な被害を発生させるという点が挙げられる。そして懸念すべきことに、トルコのあるアナトリア半島は、テクトニクス(地震・火山活動・造山運動などの地球表面の大きな変動は、各プレートが固有の方向に動くために、プレートの境界で起こるという学説)においてプレートの境界となっており、日本同様、地震が起きやすい地域となっている。現に、1999年に起きたイズミット地震では、ゲジェコンドゥにおいて甚大な被害が起きた。ゲジェコンドゥの住民たちは、あくまで都市の機能から疎外されている側であり、クルド人同様、援助が必要な人たちであることに変わりはない。

 

4.問題の解決のために

 では、それらの問題の解決のために可能なこと、実行していることは何なのか。これらについて論じてみたいと思う。

 まず、クルド人問題についてだが、これに多少はっきりとした支援策を行ったのは、ムスタファ・ケマルの後継である改革政党(世俗派)の共和人民党ではなく、保守政党(イスラム派)である公正発展党が政権を取って以降のことである。彼らは帰村を求めるクルド人のために、クルディスタン労働者党との戦闘によって破壊された地域のインフラの再興に予算を割り当て、段階的な帰村を促している。

 これに対して世俗派は、クルド人問題にうまく対応することができなかった。その理由は先ほども説明したように、世俗派はトルコ人としての民族意識が強い、という点にあると見られる。この意識がトルコ人によるクルド人への差別につながり、支持層を通して世俗派の政策に影響を与えたのだと推測される。

 筆者としては、政教分離が損なわれるということについて、それにより生まれる損失が非常に大きくなることが予想されるため、簡単にイスラム派を支持することはできないが、一方で、宗教の代わりの紐帯となる民族意識が差別感情や優越観を生み出す原因となることも、見過ごすことはできない。ゆえに、現在は政権から降りている世俗派に必要なことは、クルド人などの少数民族もまた、同じ国民として利益を受けるべき「仲間」であることを国民に理解してもらう、ということだと思われる。対立を超え、和解しあう必要性が求められている。

 一方の、ゲジェコンドゥ問題については、ゲジェコンドゥが秘める可能性について考える必要がある。現在の政府によるゲジェコンドゥへの改革は、古い違法建築物たちを取り除いて、その土地に新たな集合住宅を建てるプランを提示することが主である。しかし住民の多くはそれに反対して、自分たちはここに「住む権利」があるのだと主張し、連帯を始めている。そこに住んでいる住民たちは、都市内部の中産階級に位置する人々や、クルド人とも連帯し、市民間の協力によって状況を改善しようとしている。彼らの自発的な意志を妨げてまで、排他的に都市の健全化を進めようとすることは、正しいとは言えないだろう。

 地震の例に見ても、その体験を語り継ぐには、住民による積極的な参加が必要である。先ほども紹介した、イズミット地震の際の被害を忘れないために作られた施設や記念碑は、そこに住まう地域の人たちの繋がりが弱く、文化的資源としての効用が低くなってしまったという指摘もあった(木村 2010, pp.51-52)。上からの改革を断行しようとするのではなく、政府と国民の双方が協力して、共同体としての機能を十全に発揮できる環境を整えることが重要である。

 

〈結論〉

 本論ではこれまで、トルコの歴史や民族的対立などが原因となって起きた問題について、その分析と解決のための模索を行ってきた。結論としては、政教分離の原則を保ちながらも、民族主義が、他の少数民族への偏見の原因にならぬよう、理解を求める工夫をすべきだということや、市民の自主性を重んじて、政府と市民の両者が手を取り合う形で支援していく姿勢が望ましいということを主張した。

 本稿では、クルド人を独立させる方向のアプローチを提案することができなかった。理由としては、①クルド人はトルコ以外に、イラク・イラン・シリアなどの各地にも散らばっているために、政府が認めることで独立させる形であっても、各国の足並みを揃える必要があり、実現が困難であることや、②各国のクルド人たちは必ずしも同じ文化を共有しているわけではないため、それぞれのクルド人解放組織が掲げている目標が異なっているケースが見られるという点、③彼らクルド人解放組織の一部は、シリア内戦やイスラム国との戦闘に参加しており、ロシアやアメリカから多くの支援を受けているため、冷戦以来の国際的対立の問題に巻き込まれているという点、などが挙げられる。これらの問題については、より綿密かつ広範囲な背景の理解が必要になると思われるので、これについては今後の課題としたい。

 

〈参考文献〉

西脇保幸『トルコの見方―国際理解としての地誌』、二宮書店、1999年

・木村周平「サステナブルな文化資源としての記憶?―トルコにおける地震の記憶から」『国立歴史民俗博物館研究報告』、第156巻、2010年、pp.39-56

・鈴木慶孝「現代トルコにおけるクルド市民への社会的排除に関する一考察:国内避難民問題に関する報告書を中心として」『法學政治學論究:法律・政治・社会』 第99巻、2013年、pp.199-229

・小川杏子「『ゲジェコンドゥ』における『居住権』運動とその背景 : トルコ共和国アンカラ市を事例に」、『アジア太平洋レビュー』、第15巻、2018年、pp.47-64

 

計3905字(表題部除く)