現代のトルコが抱える問題とは何か ―クルド人の都市流入とゲジェコンドゥの変容について

〈序論〉

 本稿の問いは、多文化な風土を持つトルコにおいて、どんな問題が起きているのかを考察することである。そのために、トルコの歴史、民族、地理などに視点を当て、そこから見出される問題を分析し、解決策を模索する流れを取る。

 本論においてはまず、トルコの歴史を簡潔に説明する。次いで、トルコの特徴について述べ、世俗化が進んでいることに焦点を当てる。それからは、議論を問題の分析へと進め、クルド人が迫害されていることや、違法建築が問題になっていることについて説明する。そして最終的に、どのような解決策が模索されているかを説明し、そこに市民の自発的な行動が必要だとする筆者の主張を加える。

 

〈本論〉

1.トルコの歴史について

 まずは、問題を見るにあたって、トルコの歴史の概観について述べておく必要がある。

 トルコ共和国は、アナトリア半島に位置する共和制の国家である。この国家は、その前身であるオスマン帝国からスルタン制を廃位する形で成立した。当時、オスマン帝国は衰退が進み、各地の民族による独立とヨーロッパ列強による圧力の両方の危機にさらされていた。ここに、第一次世界大戦の敗戦による帝国の解体が決定すると、その危機感は一層強くなり、国民たちはムスタファ・ケマルを中心とした議会を制定し、帝国に対して革命を起こす結果となった。ヨーロッパ列強は、その新しい共和制の国家を認め、トルコは晴れて崩壊の危機を免れたのであった。

 

2.トルコの特徴について

 こうして成立したトルコには、上記の経緯に基づくものも含め、いくつかの特徴がある。

 一つ目の特徴は、長い歴史に由来する複数の文化が折り重なる地域だということである。アナトリア半島は、ヨーロッパとアジアを繋ぐ地理的に重要な地域であり、東西の交易(シルクロード)の中継地点であったため、様々な文化が交差する場所となった。これが、現在のトルコにまで影響を与え、東西双方の文化的特徴を持つ、独特の文化を持つに至った背景である。

 二つ目は、革命の歴史によって打ち立てられたトルコは、政教分離政策を推進し、世俗化が進んでいるという点である。トルコの初代大統領であるムスタファ・ケマルは、トルコ語とは来歴が異なるアラビア文字ではなく、ラテン文字で言葉を表記できるように環境を整え、さらに女性参政権の付与、太陽暦の採用など、さまざまな近代化政策を推し進めた。これによりトルコは、イスラム教文化圏のなかでも宗教性の弱い地域となっている。

 なお、これらの政策にはもう一つの側面がある。それは、共同体の共通点が宗教ではなく、別の紐帯、すなわち民族によって繋がっているという点である。本来、トルコ人はアジア出身の遊牧民族であり、アナトリア半島まで移動してきたあとに土着化したという経緯がある。そのため、トルコ共和国という国名は、「多くの民族を束ねながらトルコ人が作った国」だという自負心を国民に与えている。

 三つ目は、二つ目のこととも関わるが、列強による恣意的な領土の決定により、複数の民族が「トルコ」の名の下で暮らしているという点である。なかでも特にクルド人は、トルコからの独立を求めており、政府ともたびたび対立を引き起こしている。

 

3.トルコの抱える問題について

 前項では、トルコの歴史からその特徴を説明した。本項では、それらの特徴から見出される問題を分析することで、それぞれの問題の間に関連性が見受けられることを検討したい。

 まず、先ほども挙げたクルド人との対立問題についてである。クルド人は、1970年代にクルディスタン労働者党を作り、トルコからの独立を求めて活動を始めた。それに対しトルコ政府は、彼らをテロ組織だと断定し、彼らの影響が及ぶ地域の住民たち(主に一般のクルド人市民)を武装させるという手段に出た。1980年代に入って、クルディスタン労働者党とトルコ軍の間の戦闘が激化するなかで、一般市民はそこから避難せざるを得なくなり、その大半が都市に流入していった。しかしこの住民の移動が、さらなる問題の引き金となる。

 そもそも都市部では、1960年代から、ゲジェコンドゥ(トルコ語で「夜に建てたもの」という意味。違法建築のことを指す)の発生が深刻化しており、1980年代に入って、政府によりその違法な土地利用を容認されていったという経緯がある。ゲジェコンドゥの居住者は、それにより土地の商業的利用、家屋の賃貸を始めた。その状況下において流入したクルド人市民たちは、旧居住者が賃貸している劣悪な環境のゲジェコンドゥに住むほかなく、より貧困に苦しむことになった。さらに彼らは、トルコ人からの差別による迫害も受けるようになり、その窮状は筆舌に尽くしがたいものとなった。以上が、一連のクルド人問題についての説明である。

 また、都市部に現れたゲジェコンドゥ自体も問題を多く有している。例えば、違法建築であるそれらは丈夫な作りをしておらず、災害が起きたときに甚大な被害を発生させるという点が挙げられる。そして懸念すべきことに、トルコのあるアナトリア半島は、テクトニクス(地震・火山活動・造山運動などの地球表面の大きな変動は、各プレートが固有の方向に動くために、プレートの境界で起こるという学説)においてプレートの境界となっており、日本同様、地震が起きやすい地域となっている。現に、1999年に起きたイズミット地震では、ゲジェコンドゥにおいて甚大な被害が起きた。ゲジェコンドゥの住民たちは、あくまで都市の機能から疎外されている側であり、クルド人同様、援助が必要な人たちであることに変わりはない。

 

4.問題の解決のために

 では、それらの問題の解決のために可能なこと、実行していることは何なのか。これらについて論じてみたいと思う。

 まず、クルド人問題についてだが、これに多少はっきりとした支援策を行ったのは、ムスタファ・ケマルの後継である改革政党(世俗派)の共和人民党ではなく、保守政党(イスラム派)である公正発展党が政権を取って以降のことである。彼らは帰村を求めるクルド人のために、クルディスタン労働者党との戦闘によって破壊された地域のインフラの再興に予算を割り当て、段階的な帰村を促している。

 これに対して世俗派は、クルド人問題にうまく対応することができなかった。その理由は先ほども説明したように、世俗派はトルコ人としての民族意識が強い、という点にあると見られる。この意識がトルコ人によるクルド人への差別につながり、支持層を通して世俗派の政策に影響を与えたのだと推測される。

 筆者としては、政教分離が損なわれるということについて、それにより生まれる損失が非常に大きくなることが予想されるため、簡単にイスラム派を支持することはできないが、一方で、宗教の代わりの紐帯となる民族意識が差別感情や優越観を生み出す原因となることも、見過ごすことはできない。ゆえに、現在は政権から降りている世俗派に必要なことは、クルド人などの少数民族もまた、同じ国民として利益を受けるべき「仲間」であることを国民に理解してもらう、ということだと思われる。対立を超え、和解しあう必要性が求められている。

 一方の、ゲジェコンドゥ問題については、ゲジェコンドゥが秘める可能性について考える必要がある。現在の政府によるゲジェコンドゥへの改革は、古い違法建築物たちを取り除いて、その土地に新たな集合住宅を建てるプランを提示することが主である。しかし住民の多くはそれに反対して、自分たちはここに「住む権利」があるのだと主張し、連帯を始めている。そこに住んでいる住民たちは、都市内部の中産階級に位置する人々や、クルド人とも連帯し、市民間の協力によって状況を改善しようとしている。彼らの自発的な意志を妨げてまで、排他的に都市の健全化を進めようとすることは、正しいとは言えないだろう。

 地震の例に見ても、その体験を語り継ぐには、住民による積極的な参加が必要である。先ほども紹介した、イズミット地震の際の被害を忘れないために作られた施設や記念碑は、そこに住まう地域の人たちの繋がりが弱く、文化的資源としての効用が低くなってしまったという指摘もあった(木村 2010, pp.51-52)。上からの改革を断行しようとするのではなく、政府と国民の双方が協力して、共同体としての機能を十全に発揮できる環境を整えることが重要である。

 

〈結論〉

 本論ではこれまで、トルコの歴史や民族的対立などが原因となって起きた問題について、その分析と解決のための模索を行ってきた。結論としては、政教分離の原則を保ちながらも、民族主義が、他の少数民族への偏見の原因にならぬよう、理解を求める工夫をすべきだということや、市民の自主性を重んじて、政府と市民の両者が手を取り合う形で支援していく姿勢が望ましいということを主張した。

 本稿では、クルド人を独立させる方向のアプローチを提案することができなかった。理由としては、①クルド人はトルコ以外に、イラク・イラン・シリアなどの各地にも散らばっているために、政府が認めることで独立させる形であっても、各国の足並みを揃える必要があり、実現が困難であることや、②各国のクルド人たちは必ずしも同じ文化を共有しているわけではないため、それぞれのクルド人解放組織が掲げている目標が異なっているケースが見られるという点、③彼らクルド人解放組織の一部は、シリア内戦やイスラム国との戦闘に参加しており、ロシアやアメリカから多くの支援を受けているため、冷戦以来の国際的対立の問題に巻き込まれているという点、などが挙げられる。これらの問題については、より綿密かつ広範囲な背景の理解が必要になると思われるので、これについては今後の課題としたい。

 

〈参考文献〉

西脇保幸『トルコの見方―国際理解としての地誌』、二宮書店、1999年

・木村周平「サステナブルな文化資源としての記憶?―トルコにおける地震の記憶から」『国立歴史民俗博物館研究報告』、第156巻、2010年、pp.39-56

・鈴木慶孝「現代トルコにおけるクルド市民への社会的排除に関する一考察:国内避難民問題に関する報告書を中心として」『法學政治學論究:法律・政治・社会』 第99巻、2013年、pp.199-229

・小川杏子「『ゲジェコンドゥ』における『居住権』運動とその背景 : トルコ共和国アンカラ市を事例に」、『アジア太平洋レビュー』、第15巻、2018年、pp.47-64

 

計3905字(表題部除く)